付 道徳編

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│  「あとかくしの雪」(木下順二)授業シナリオ                                │
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・教材「あとかくしの雪」について

 雪に埋もれた寒村に建つ一軒のあばらや。そこに一人の旅人が一夜の宿を求めて訪ねてくる。その家は大変貧しく、もてなしてやるなにもない。それを申し訳なく思った主人は隣家の畑に忍んでいって、一本の大根を盗んでくる。夜が明けると足跡から盗みが露見することだろう。しかし、その夜、雪がしんしんと降り積もり、足跡を消していった。

1、シナリオ化にあたって考えたこと

 短い文章であり、中学生では一気に内容を理解してしまい、授業展開への関心が薄れる。だから、興味関心を持続させるために、全文を一斉に与えるのではなく、いくつかに区切って提示していく。題名も教えない。
 内容は単純で、「盗みをすることは悪いこと」だけれど、「百姓の行いの美しさに気づかせる」だけでは「理解」の範囲を超えない。「知る、理解する」から「納得する」授業のありかたについての提案である。

2、授業シナリオ

太字は板書事項。
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│題名:                                                                       │
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01 これから昔話を勉強します。有名なお話だから、みんなの中には知っている人も大勢いると思うので、わざと題名は教えません。どんなお話か楽しみにしてください。

・こうして生徒に興味を起こさせ、授業に集中させる。

02 では最初の文章です。 
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│あるところに、なんともかとも貧乏な百姓がひとり、住んでおった。               │
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03 「あるところ」だから、どこかは分からない。時代はね、ここにはなにも書いてないけど、江戸時代ぐらい(お殿さまがいた時代)を想像してくれたらいいかな。

04 「なんともかとも」ってどんな意味?
C:どうしようもなく、ほかに比べようもないほど。

どうしようもなく貧乏なんだよ。他の人と比べてもずっとずっと貧乏なんだよ。

・内容を間違いなく理解するために言葉の意味を確認することは重要だが、時間はとらない。分からないことは教える、でいい。

05 「百姓」って?いまはもうあまり使わない言葉だけど、お百姓さんだね。田んぼや畑で作物を作ってるんだよね。

06 「ひとり」ということは?

CC:一人ぼっちで住んでいる、家族がいない、妻も子も親もいない、貧乏だから嫁のきてもない。

つまりどんな生活?

C:さびしい、つまらない

貧しいお百姓さんが一人ぼっちでさびしく住んでいるんだね。じゃあ、次。
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│ある冬の日のもう暗くなったころに、ひとりの旅びとが、とぼりとぼり雪の上をあゆん│
│できて、「どうだろうか、おらをひとばん、とめてくれるわけにいくまいか」というた。│
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07 「もう暗くなったころ」って何時頃?冬の日だから・・・

CC:6時、7時。

そう、夜の7時頃と考えようか。「雪の上を」とあるから、どうやら寒い雪国のお話みたいだね。この旅びとも「ひとり」なんだね。ひとりぼっちで旅をしている。では「とぼりとぼり」という言葉から旅びとのどんな様子がわかる?

CC:足が重い、疲れている。

あたりはもうすっかり暗くなっていて、旅びとは疲れているんだね。

08 「おらをひとばん、とめてくれるわけにはいくまいか」とあるけど、他にも家があるだろうに、選りに選ってこんな貧乏なお百姓さんのところを訪ねてきたのはなぜ?この旅びとも・・・

CC:お金がない、宿には泊まれない、金持ちの家には訪ねていけないほど身なりも貧しい。

そう、お百姓さんもこの旅びとも、二人とも貧しいんだね。
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│百姓は、じぶんの食べるもんもろくにないぐらいのもんだったが、「ああ、ええとも。│
│おらとこは貧乏でなんにもないが、まあ、とまってくれ」というと、旅びとは、「そう│
│か、それはありがたい。おら、なんにもいらんぞ」というて、うちにあがった。     │
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09 じぶんの食べるもんもろくにないのに、「なんにもないが、まあとまってくれ」から、このお百姓さんがどんな人だとわかる?

CC:性格のいい人、損得を考えない人、心の優しい人。

10 「おら、なんにもいらんぞ」から、この旅びとがどんな人だと分かる?

CC:お金がないから遠慮している、相手の貧しい様子を見て無理は言えないと分かっている、相手を思いやれる優しい人。

11 つまり、この二人の人たちは二人とも貧しいけれど、とても心の優しい人たちだということが分かるね。
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│けれどもこの百姓は、なんともかともびんぼうで、何をひとつ旅びとにもてなしてやる│
│もんがない。                                                                 │
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12 「もてなして」のここでの意味は?具体的にどんなことをしてあげることができないの?

C:食べ物や飲み物を用意してやることができない。

食べ物も飲み物もまったくないんだね。夜の7時頃だから、普通なら夕食を食べ終えた時間だろうに、せっかく泊めてあげたけれど、うちにはなにひとつ旅人に食べさせてあげるものがない。

13 「もてなしてやるもんがない」とあるけど、お百姓さんはどんな仕事をしているの?

C:米や野菜を作っている。

米や野菜を作っているはずなのに、それなのに自分の食べるものも家に満足にないなんて。作っても作っても年貢として持って行かれる、そんな時代だったのかもしれないね。そこで、このお百姓さんはどうしたと思う?

・最後の発問は聞きっぱなしでよい。もうこのあたりから、ストーリーを知っている生徒が出てくる。そんな生徒から正答が出ても、「よく知ってるね、その通り」とでも褒めてやればいい。
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│それで、しかたがない、晩になってから、となりの大きないえの、大根をかこうてある│
│ところから大根を一本ぬすんできて、大根やきをして旅びとに食わしてやった。旅びと│
│は、なにしろ寒い晩だったから、うまいうまいとしんからうまそうにしながら、その大│
│根やきを食うた。                                                             │
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14 「かこうてあるところ」とは「保存してあるところ、集めてあるところ」という意味ね。お百姓さんは大変なことをしてしまったね。自分のうちになにも食べさせてあげるものがないから、となりのいえから大根をぬすんでしまったんだね。そして大根を囲炉裏の火で焼いて食べさせてあげた。

15 たとえ大根一本であろうと、盗みは盗み。人のものを盗むことは絶対にしてはならないこと。現代でも盗みをすれば法律で罰せられます。ましてこの時代だから、お百姓さんの盗みがばれたらどんな罪になるかしれない。  

16 お百姓さんはどんな気持ちで大根を盗んだんだと思う?書いてみよう。
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│(おなかをすかしているだろう旅びとになんとか食べさせてあげたい)             │
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・生徒の回答を机間巡視で確認。数名に発表させ、すべて認める。 

17 お百姓さんは自分が食べるために盗んだんではないよね。他人のために罪を犯したんだね。

18 じゃあ、ここで質問。お百姓さんは、自分が捕まえられることを覚悟していたと思いますか?覚悟していた、と思う人は○を、そうは思わない人は×を書いてください。 

・○と×だから誰でも書ける。全員が必ず参加するための授業技術。

19 では○と書いた人は右手を、×と書いた人は左手をあげてください。はい、どうぞ。

・全員が右手でなくてもかまわない。ただし、全員の手が挙がっていることが大切。

20 翌朝になって大根を盗みにいった足跡が見つかれば、犯人がお百姓さんだと分かって捕らえられていまう。盗みをしたのだから、当然、お百姓さんもそれは覚悟していたでしょうね。他人のために、自分が捕まってしまうわけです。では、みなさんはこの「他人のために、自分が捕まってしまう」行為をどう思いますか。次から選んでください。

 1おろかだと思う  2立派だと思う  

・どちらの考えが多くてもかまわない。ここからが授業の山。

21 でもね、その夜、奇跡が起こったんです。次です。
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│その晩さらさらと雪はふってきて、百姓が大根をぬすんできた足あとは、あゆむあとか│
│らのように、すうっとみんな消えてしもうたと。                                 │
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22 もうわかった人もいますね。このお話の題名は「あとかくしの雪」といいます。お百姓さんが大根を盗んだ足跡は雪が降って消えてしまいました。これはまったくの偶然です。でも、足跡が消えたからといって、お百姓さんの罪が消えたわけではありませんね。

23 ところで、あなたはこの結末を読んで、どんな気持ちになりましたか?「ああ、お百姓さんが捕まらなくてよかった」と思う人は○を、そうは思わない人は×を書いてください。

・○と書いた人は右手を、×と書いた人は左手を、と問う。○が多いという仮定で、

24 お百姓さんが捕まらなくてよかった、と考えている人が多いみたいです。では、みんなの多くが、そう思うのは、どんな理由からだと思いますか?「このお百姓さんが(は)・・・から」の形で書きなさい。
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│このお百姓さんが(は)                                                   から│
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・机間巡視のあと、特徴的な回答の生徒を選んで発表させる。(意図的指名)

25 では、最後の質問です。あなたがもし、裁判官なら、このお百姓さんにどんな判決を出しますか?次から選んでください。

 1無罪  2執行猶予つきの有罪  3懲役つきの有罪

・この発問は24の発問を言い換えただけだが、自分が裁判官であったらという、自分の立場に置き換えた思考を促している。

26(人数を把握した後)では、その判決理由を書いてください。

・1または2が多いという仮定で、
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│(盗みをしたことは悪いことだけれど、他人のために自分を犠牲にする行為は美しいか│
│ら)                                                                         │
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・この理由を書けるかどうかが、この授業の評価である。しかし、自分が選択した回答を理由づけることはそう難しいことではない。机間巡視のあと、特徴的な回答の生徒を選んで発表させる。(意図的指名)

27 じつは、最後にもう少し文章があるんです。これを読んで終わりにしましょう。
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│この日は旧の十一月二十三日で、今でもこのへんではこの日には大根やきをして食うし、│
│この日に雪がふればおこわをたくもんもある。                                   │
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29 旧の十一月というのは今の十二月のことで、「おこわ」というのは赤飯のことです。この日を記念して大根やきを食べたり、おこわを炊いたりすることから、このへんの人たちも、お百姓さんのしたことを決して責めてはいないことがよく分かりますね。この昔話の作者は、この最後の文章で、こっそりとお百姓さんの行いの美しさを誉めたかったのでしょうね。

 

 

 

 

 

 



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│「席は譲るべきか?」授業シナリオ                                             │
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・教材 マンガ「島耕作」*より(2-(2)思いやりの心)について
                        *弘兼憲史『課長島耕作3』講談社モーニングKC50p~56p

 弘兼憲史氏のマンガ『課長島耕作3』(講談社)より教材化したものである。
 若者が通勤の満員電車に乗っていた。一人の老女が辛そうに立っている。その目の前の席で中年の男性が新聞を広げながら座っている。その光景を見て若者が「席を譲っていただけないでしょうか」と声をかけた。しかし、その男性が言うには、自分は昨夜遅くまで仕事で疲れている。それに席を取るために始発から並んでいる。そうしてやっと手に入れた権利をなぜ譲らなければならないのか、と主張する。青年は目の前の困っている老人を見て席を譲るのは当然ではないか、と反論する。

1、シナリオ化にあたって考えたこと

 道徳の授業を、活発な討論のある授業にしようと考えた。
 討論の授業は、意図的に構成されなければ失敗する。いきなり活発な討論がスムーズにできることはない。有効な討論の授業をつくるためには、たくさんの機会をとおして訓練していかなければならない。まずそれを自覚する必要がある。
 討論の授業を成立させるためには事前準備が必要である。
 まずなにをおいても、生徒を討論に引きずり込むような魅力的な教材の選定である。すべてはそこから始まるといっていい。討論の授業に適した教材には対立する二つの価値観が内在してあり、生徒が討論という授業方法を利用することによって、その二つの価値観の間で揺れ、悩むことで望ましい道徳的価値観を見いだす。
 こうした討論が一部の学力のある生徒や発言力のある生徒だけのものにならないよう、生徒一人ひとりが自らの意見をきちんと持てるようにする手だてが絶対に必要である。そのためにどのような実践をすればいいのかを具体的に考えなければならない。

1 教材の選定と対立する価値観の内在

 討論の授業を成立させるためには、生徒一人ひとりがそれぞれの意見をもつことが第1の前提であり、またその意見が誰が考えても同じであっては討論は成立しない。道徳の教材には一つの価値観の押しつけになっているものが多くみられる。一方的で断定的な、一つしかない正解に誘導するような教材は討論の授業には不向きである。
 したがって、討論の授業で、教材の選定にあたってまず考えなければならないのは、教材の中に対立する価値観が読み取れる、ということである。異なる価値観ではなく、対立する価値観である。
 今回、教材として選んだのは、マンガ「島耕作」のなかの一つのエピソードである。道徳の副読本に頼っていても、生徒の興味や関心をひく話題は探しにくい。日頃から、新聞や雑誌、書籍など、目にするものに対して感性を鋭くして、新しい教材を探し出してくる目が教師には求められる。
 このエピソードで取り上げられるのは、電車内で老人に席を譲る、という道徳的価値にたいしての反論である。この反論には正当性もあるから、生徒の一面的な価値観を覆すにはおもしろい教材だと考える。
 若者は一般的な道徳観の持ち主であり、正義の象徴として扱われている。中年の男性は席を譲らないのであるから、望まれる道徳観の持ち主ではなく、悪役として扱われる。正義は若者にある。しかし、中年男性の言い分には席を譲らない十分な説得力がある。都会では何時間もかかって通勤するサラリーマンは珍しくない。その日一日の仕事に差し支えないよう、彼は始発駅から並んでようやく席を確保しているのである。その努力にたいして一方的に席を譲れと強要する権利は誰にもない(ようにみえる)。
 ここに価値観のぶれが存在している。
 この二つの価値観の間で、生徒は必ず揺れ動くに違いない。

2 自分の意見を持たせる(ワークシートの活用)

 教材を提示したら、生徒には必ず自分の意見を持たせる指導が必要である。ここで傍観者をつくるようでは授業が全体のものにはならない。
 有効なのはワークシートの活用である。教師はその1時間の授業の流れが手に取るようにわかるワークシートを作成する。いわばワークシートとは教師の頭の中の反映である。自らの頭の中に構成された授業がそのまま投影されたものがワークシートである。したがってどのようなワークシートを作成するかが、教師の授業力を示すことになる。
 生徒はこのワークシートに自分の意見を書き込んでいく。重要なことは、書かない生徒を認めない、という教師の姿勢である。道徳の授業だろうが何だろうが、授業とは教師の指導の表れる場である。書かないで傍観者でいようとする態度を許さない。たとえ能力的(学力的、ではない)に難しい生徒であっても、○なら書ける。要は、書かせるための具体的な指導技術を持っているかどうか、なのである。(たとえば、書けていない生徒に手を挙げさせる指導。とか、起立させて、書けたら座らせる指導。こうすると書かない生徒は立ったままになることが恥ずかしくて書かざるを得なくなる。教師も書けていない生徒の把握が楽になる)
 この教材のケースでは、「あなたは若者と中年の男性のどちらの意見が正しいと思いますか?ワークシートに○をつけなさい」とする。ここではまだ根拠を問わない。

3 全体意見の把握

 こうして全員に○を書かせたら、クラスの傾向がどっちにあるかをつかむ必要がある。これをはしょると、討論がつかみ所のないものになってしまう。若者か、中年の男性か、必ずどちらかに手を挙げさせる。そして全体数を数え、必ず生徒数と同数になるか確認する。(こういう二択の場合、わたしはよくAなら右手、Bなら左手、というふうに一斉に挙げさせる。そうすると挙げない生徒がいなくなる。)
 
4 班の構成を考える

 生徒が討論に慣れない初期の段階では班討論を成功させることは難しい。おおむね次のような手順を踏む必要がある。

① 教師と生徒集団(一部の生徒でかまわない)との討論の形態
 教師が意図的に反論をしかけ、生徒と討論することで討論の方法を学ばせる。

② 一部の生徒同士の討論の形態
 対立する意見を持つ生徒を取り上げ、教師が司会者となって討論をさばいていく。AとBの意見を取り上げ、対立させ、他の生徒には自分の立場を明確にさせて(Aの応援団とBの応援団)二つの意見を戦わせる。

③ 同じ意見を持った者同士が集まって班を作る討論の形態
 意見の対立を利用して、同じ意見を持つ者で班を構成させる。同じ意見を持つ者の集まりということで仲間意識が生まれ、対立が促され、討論が活発になる。しかし急ごしらえの班編制になり、班として機能するまでに時間がかかるという難点がある。

④ 自分の意見に関係なく一つの立場に立った班を作る討論の形態
 ディベートの方式を利用する形態である。道徳的価値を身につけさせることを最終目的とするわけだから、その導入でどのような意見を持っていても差し支えない。

⑤ あらかじめ決まった班に集まる討論の形態
 この形が一番難しいのだということを理解しないまま班討論をやろうとするから失敗するのである。いろいろな意見を持った生徒がいて、それを班の意見にまとめ、班同士で対立させる、というのはかなり高度な形態なのだということをわかっていなければならない。

 このような手順を踏んで初めて班討論が成立するのである。いきなり⑤の形態をやろうとするからうまくいかないのであって、そういう意味では、発達段階を考慮し、全ての学年が⑤の形態をとる必要はないのである。

5 班長を鍛える

 ④や⑤の段階では班長の役割を重視する。教師はあらかじめ、または授業の開始時に班長を呼び、班長としての権限を明確に伝え、班をリードしてもらう役割を担わせる。積極的に授業に参加する意識が班長にあるのとないのでは大きな違いがあるから、こうした指導を疎かにしてはならないのである。

6 班員を鍛える

 集まった班ではそれぞれが自分の意見を書いてきているのであるから、決してお客様にさせない、ということが重要である。班長を鍛えるのと同様に、班員も鍛えなければならない。ともすれば自分の意見を主張することもできずに、安易に他人に寄りかかろうとする。特に⑤の形態をとった場合は、発言力のある生徒に引きずられたり、また自分と異なる班の意見にまとまると、もう人任せになってしまう傾向がある。班長はアドバイザーであり、コンダクターである。自分は発言せず、全員に班員としての責任を負わせ、発言させるよう配慮する。

7 討論を構成する

 まとまった意見はボードなどを利用して発表させる。時にすべての班が一つの意見に偏ってしまうこともあり得る。その場合は①の方法を利用する。対立が生まれたら、教師はその対立の論点をうまく示してやる必要がある。その授業の最も重要だと考える課題を明確にし、一人ひとり深く考える時間を保障し、最後に、なぜ社会的弱者に席を譲らなければならないのか?を問い詰めさせることで道徳的価値が自らのものとなるのである。

8 なぜ、と問い、事後感想を書かせる

 道徳の授業の目的は、正しい価値観への変容を促す、ということである。そのためには価値感を押しつけるのではなく、なぜ?と問う姿勢を身につけさせることが必要である。老人には席を譲らなければならない、という価値観を押しつけるだけでは、この教材のような事例が起きたときに価値観が揺らぐ。それは正しく自分のものになっていないからである。
 思考(思想)は書くことによって定着する。事後感想を書かせることの意味はそこにある。教師も生徒の変容を文字によって把握でき、自身の授業評価とすることができる。

9 授業の具体的展開例
                                                                              
│   │ 1│教材配布                 │1枚目のみ配布                          │
│   │  2│1枚目範読               │                                        │
│10│  3│空欄に記入               │                                        │
│ 分│  4│着席順に指名             │                                        │
│   │  5│2枚目範読               │                                        │
│   │  6│問題点の把握             │教師による束ね                          │
│ 5│  7│ワークシート配布         │                                        │
│ 分│  8│支持の表明               │                                        │
│   │  9│全体数(傾向)の確認     │                                        │
│   │10│班編制                   │④の形態をとる 班長を指名し指示        │
│20│11│支持理由の検討           │                                        │
│ 分│12│支持理由の発表           │                                        │
│   │13│反論の検討               │「~なのではないですか」と問う          │
│   │14│反論の発表と教師の束ね   │                                        │
│15│15│「なぜ?」と問う         │                                        │
│ 分│16│事後感想の記入           │                                        │

2、授業シナリオ

・資料1枚目を配布

01 わたしが読みますから、目で追ってください。

・資料は授業者が読む。内容を理解させることが大切だから、生徒に読ませることはしない。

02 では、全員立って下さい。この中年の男性は何と言ったのでしょうか。その吹き出しに入る言葉を考えて書きなさい。書けたら座りなさい。

・全員が着席したあと、着席した順に数名を指名。

03 では発表してください。○○君・・・。

・正解を求める問いではないので、先を急ぐ。

04 では、2枚目を配ります。何と言ったのでしょうね。

・生徒の興味、関心を惹きつけるのに有効な方法である。

05 どうですか?予想どおりだったですか。意外だったですか。この若いサラリーマンにとっては予想外の応えが返ってきたので、こんなトラブルになってしまったのですが。では二人の言い分を整理してみましょう。

06 ワークシートを配ります。あなたはどちらの立場を支持しますか?支持する方に○をつけなさい。

・全員が記入したのを確認して。

07 では、若いサラリーマンを支持する人は右手、中年のサラリーマンを支持する人は左手を挙げなさい。

・ここでクラスの全体傾向を確認する。極端に片方に偏ることは考えにくいが、もしそうなっても問題はない。

08 若いサラリーマンを支持する人は○人、中年のサラリーマンを支持する人は△人。このクラスの傾向はこうなりましたが、この意見にまったく関係なく、これからみんなで話し合いをしてみたいと思います。

09 自分の意見に関係なく、1班と2班の人は若いサラリーマンを支持して下さい。3班と4班の人は中年のサラリーマンを支持して下さい。

10 それでは班に分かれて下さい。班長さんは前に来て下さい。

・班長を前に呼んで、これからの流れを説明する。①自分たちの支持理由をまとめ発表者を決めること、②相手側の支持理由をまとめること、③相手側への反論を考え発表者を決めること、を指示する。

・このあと、①、②、③の順に班討論する。ここでは出しっぱなし、言いっぱなしでかまわない。すべてを認める姿勢で授業を進めていく。

11 たくさんの意見が出ました。いろんな考えが出されて、それぞれに言い分があってどっちの立場が正しいのか、わからなくなりましたね。みなさんには自分の意見に関係なく討論してもらいました。ここからは自分の意見に戻ってもらって結構です。机を戻して下さい。

12 実はこんな時に、正しい判断ができるすばらしい方法があるのです。

・「なぜ老人に席をゆずらなければならないのか」を提示。

13 道徳の授業って、なんだか答えが決まっているようで、押しつけられているような感じがすることがありませんか?挨拶をしなさい、とか、ゴミを捨てるな、とか。それを何にも考えないでそのまま受け取っているから、このマンガのように、少し揺さぶられると、何が正しくて、何が間違っているかわからなくなってしまうのです。だから、判断に迷ったとき、なぜそうしなければならないか、とその理由を考えるのです。そうすることで自分の考えが揺らぎのないしっかりしたものになるのです。

14 では、あなたは、なぜ老人に席をゆずらなければならないのだと思いますか。自分の考えを書いて下さい。

・十分な時間を保障するが、もちろん書けない生徒もいる。それはかまわない。わからないことは教えればいい。机間巡視で傾向をつかみ、数名を指名し発表させる。最後に教師による束ね。

15 席をゆずらなくても警察に逮捕されることはありません。挨拶をしなくても罰金をとられることもありません。それは道徳が法律ではないからです。道徳とは、人としてどう生きるか、という道しるべです。

・「そうする方が人として(   )生き方だから」を提示。

16 どんな言葉を入れますか?頭の中で考えて下さい。
 いろいろな言葉が入る可能性がありますが、わたしはこんな言葉を入れます。

・「美しい」を提示。

17 人として美しい行為を「美徳」と言います。老人に席をゆずることは美しい行為なのです。そして、条件が厳しければ厳しいほどその美しさは増すのです。
次の駅で降りるなら席をゆずることは難しいことではない。若くて体力があるなら席をゆずることは難しいことではない。立派な行為だけど、それは多くの人に可能なことなのです。中年のサラリーマンは2時間しか寝ていない、とても立って通勤する体力がない、だから始発電車を待って座って通勤する。でもね、その彼が老人に席をゆずったとしたら、その行為はもっともっと美しい行為になるのです。人として究極の美徳は、自分の命を捨てて他人の命を救うことです。それは誰にでも可能なことではなく、また求められることでもないから、美徳としてニュースにもなるのです。そこまで究極でなくても、少しのことで自分の心に言い訳をしないで、たとえ厳しい条件のもとであっても人として美しい行為ができるように自分の心を鍛えていきたいですね。

・この教師の束ねは押しつけがましくならないよう、しかも心にしみいるように語りたい。

18 では最後に、今日の授業で分かったことをワークシートにまとめて下さい。