Ⅳ 古典編

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│「竹取物語(冒頭部)」授業シナリオ                                           │
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・教材「竹取物語」について

<現代文>
 今ではもう昔のことだが、竹取の翁とよばれる人がいた。野や山に分け入って竹を取っては、いろいろな物を作るのに使っていた。名前を、さぬきのみやつこといった。
 (ある日のこと、)その竹林の中に、根元の光る竹が一本あった。不思議に思って、近寄って見ると、筒の中が光っている。それを見ると、(背丈)三寸ほどの人が、まことにかわいらしい様子で座っていた。

<古典文>
 今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、さぬきのみやつことなむいひける。
 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。

1、シナリオ化にあたって考えたこと

 中学一年の古典入門教材である。小学生で若干古典文に触れたことがあるとはいえ、文語表現が正式に出てくるのはこれが最初である。初めて接する古典文に苦手意識や敬遠する気持ちを抱かせてはならない。最初だからこそ、学習することの楽しさとか喜びを味わわせてやりたい。
 しかし、残念ながら中学校の古典の授業は、ともすれば古典文を現代語訳することに熱心で、古典教材に接することの楽しさを伝えられていないのではないか。
 井関義久氏は次のように言う。
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│(批評の文法)に基づく古文の学習にはこまかい文法学習は無用であり、言語抵抗とい│
│うことにいつまでもこだわらずに、早い時期に長い作品をとにかく読んでしまうのであ│
│る。作品を終わりまで読み終わったところから、学習活動がはじまるのだ。こまかい意│
│味や文法に正確を期してぐずぐずしていては、いつまでたってもはじまらない。現代語│
│訳を活用するのは、もはや常識であって、古文を訳すという作業には全力を尽くすとい│
│うことをしないのである。                                                     │
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 氏の説を次のように解釈した。
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│①細かい文法学習はしない                                                     │
│②とにかく読む                                                               │
│③現代語訳を活用する                                                         │
│④従って逐一古文を訳すという作業をやらない                                   │
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 基本的に以上の四点を柱にして、古典文をリズム好く読むことの楽しさを中心に、一年生にとって初めての古典の授業を計画した。

2、授業シナリオ

01 全員立ちなさい。現代文を読んで座りなさい。

・現代文であるから、ほとんどの生徒がすらすら読めたが、「翁」「筒」「背丈」など二,三の漢字につまる生徒もいた。

02 わたしが読みますから、読めなかった漢字にふりがなを振りなさい。

・読めない漢字があるということは「読みの抵抗」である。それを、ふりがなを振る、という形で解消してやる。

03 わからない言葉はありますか?「翁」とは「おじいさん」の意味です。

・次は「意味の抵抗」。これをおろそかにすると後でとんでもない勘違いをすることになる。

04 これで、現代文だけなら読めない漢字も、わからない言葉もなくなりましたね。ではもう一度、意味をよく考えながら読んでください。読めた人から座りましょう。

・現代文の意味は確実に理解できたことを確認している。ここからが本番。

05 では、古典文を読みましょう。読めないところは飛ばしていいです。読めたら座りなさい。

・まったく指導を入れないままこう指示する。古典の文章に接するのはこれがほとんど初めてなのであるから、かなり無茶な指示である。読めるはずもない古典文を読めというのだからでたらめな読み方になるのは予定通り。「これはいったい何と読むのだろう」「なんじゃ、これは?」という生徒の興味、関心を呼び起こすのが目的である。

06 ○くん、立って読みなさい。

・○くんは成績上位ではあるが、巡視では古典文は読めていない。そういう生徒を意図的に指名。上位の生徒が読めない方が他の生徒に影響が大きい。

07 ○くんはかなり上手に読んだと思いますが、今度はわたしが範読します。自分が読みづらかった言葉に注意して聴きなさい。

・みんなの前でたどたどしく読んだ○くんを誉めておいて範読する。なんと読むのか、という好奇心を刺激してあるので、生徒の集中力は高い。

08 読むときに注意する言葉の説明をしますね。

・範読では聴き取れなかった生徒のために、「ゐ」などの難読語の読みを一語一語詳しく説明する。

09 短く区切りながら読みますから、後について読みなさい。

・最初は文節で、次に句読点で、最後は文に区切って後追い読みをさせる。

10 全員立ちなさい。三度読んだら座りなさい。

・早く座った順に二名指名して読ませる。しっかり誉めてやる。今度は上手な方が、他の生徒に競争心をおこさせ効果的なようである。

11 今度は、現代文と古典文を交互に読んでいきます。まずわたしが、古典文を句読点で区切りながら読みます。みなさんは、わたしに引っ張られないように、古典文に当てはまる現代文を読みます。では、始めます。

T:今は昔、

C:今ではもう昔のことだが、

・時々引っ張られて古典文を読んでしまう生徒もいるが、ご愛敬。

12 次は逆です。まずわたしが、現代文を句読点で区切りながら読みます。みなさんは、わたしに引っ張られないように、現代文に当てはまる古典文を読みます。では、始めます。

T:今ではもう昔のことだが、

C:今は昔、

・こうして、古典文と現代文を対応させていく。

13 次はみなさんだけでやってもらいましょう。1,3,5列の人は机を右に、2,4,6列の人は机を左に向けなさい。1,3,5列の人はまず古典文を。2,4,6列の人は現代文を。同じように句読点で区切って掛け合いで読んでください。最後まで読んだら役割を交代します。十分間、時間がくるまで続けなさい。

・二人一組になって掛け合いで読みあいをするわけだから、教室はかなりにぎやかなものになる。中学校でよくある、授業者の後に続いて小さな声でぼそぼそと・・・、という雰囲気ではない。十分間の練習で、古典文に読み慣れ、自然現代語訳も頭に入る一石二鳥の効果がある。十分後、机を元に戻させる。

14 現代文をノートで隠しなさい。古典文を一文ずつ読んで、それを現代語になおしていきます。わからなければ見てもかまいません。時間は五分です。

・掛け合いの読みで、ほとんどの生徒はかなり現代文を覚えている。確認の意味で五分間時間をとる。

15 次は逆です。今度は難しいと思うけれど、古典文を隠して下さい。現代文を一文ずつ読んで、それを古典文になおしていきます。わからなければ見てもかまいません。時間はやはり五分です。

・初めて学習する古典文は五分ではやはりかなり厳しいだろうが、すぐに出来てしまう生徒が遊んでしまわないように五分とした。

16  次の時間に暗唱のテストをします。古典文を現代文になおす問題と、現代文を古典文になおす問題がでます。しっかり家庭で復習しておいてください。

・最後に、家庭学習の課題とし、定着をはかった。

・古典の学習の導入として、一文一訳的な授業はふさわしくない。古典文の持つ言葉の柔らかさや独特の表現に触れさせ、リズム感をもって朗読を楽しめるような授業にしたい。

 



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│「平家物語(扇の的)」授業シナリオ                                           │
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・教材「平家物語(扇の的)」について

 教材は光村図書二年「扇の的―「平家物語」から」。原文の部分は、「平家物語 下」(日本古典文学大系三三)岩波書店(一九六〇年)。訳文の部分は、「平家物語」(日本古典文庫一三)河出書房新社(一九七六年、中山義秀訳)による。

<現代文>(番号は桂)
①時は二月十八日、午後六時ごろのことであったが、折から北風が激しく吹いて、岸を打つ波も高かった。舟は、揺り上げられ揺り落とされ上下に漂っているので、竿頭の扇もそれにつれて揺れ動き、しばらくも静止していない。沖には平家が、海上一面に舟を並べて見物している。陸では源氏が、馬のくつわを連ねてこれを見守っている。どちらを見ても、まことに晴れがましい情景である。与一は目を閉じて、
「南無八幡大菩薩、我が故郷の神々の、日光の権現、宇都宮大明神、那須の湯泉大明神、願わくは、あの扇の真ん中を射させたまえ。これを射損じれば、弓を折り、腹をかき切って、再び人にまみえる心はありませぬ。いま一度本国へ帰そうとおぼしめされるならば、この矢を外させたもうな。」
と念じながら、目をかっと開いて見ると、うれしや風も少し収まり、的の扇も静まって射やすくなっていた。
②与一は、かぶら矢を取ってつがえ、十分に引き絞ってひょうと放った。小兵とはいいながら、矢は十二束三伏で、弓は強い、かぶら矢は、浦一帯に鳴り響くほど長いうなりを立てて、あやまたず扇の要から一寸ほど離れた所をひいふっと射切った。かぶら矢は飛んで海へ落ち、扇は空へと舞い上がった。しばしの間空に舞っていたが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさっと散り落ちた。夕日に輝く白い波の上に、金の日輪を描いた真っ赤な扇が漂って、浮きつ沈みつ揺れているのを、沖では平家が、舟端をたたいて感嘆し、陸では源氏が、えびらをたたいてはやし立てた。
③あまりのおもしろさに、感に堪えなかったのであろう、舟の中から、年のころ五十歳ばかり、黒革おどしの鎧を着、白柄の長刀を持った男が、扇の立ててあった所に立って舞を舞った。そのとき、伊勢三郎義盛が、那須与一の後ろへ馬を歩ませてきて、
「御定であるぞ、射よ。」
と命じたので、今度は中差を取ってしっかりと弓につがえ、十分に引き絞って、男の頸の骨をひょうふっと射て、舟底へ真っ逆さまに射倒した。平家方は静まりかえって音もしない、源氏方は今度もえびらをたたいてどっと歓声を揚げた。
「ああ、よく射た。」
と言う人もあり、また、
「心ないことを。」
と言う者もあった。

<古典文>
 ころは二月十八日の酉の刻ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。舟は、揺り上げ揺りすゑ漂へば、扇もくしに定まらずひらめいたり。沖には平家、舟を一面に並べて見物す。陸には源氏、くつばみを並べてこれを見る。いづれもいづれも晴れならずといふことぞなき。与一目をふさいで、
「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向かふべからず。いま一度本国へ迎へんとおぼしめさば、この矢はづさせたまふな。」
と心のうちに祈念して、目を見開いたれば、風も少し吹き弱り、扇も射よげにぞなつたりける。
 与一、かぶらを取つてつがひ、よつぴいてひやうど放つ。小兵といふぢやう、十二束三伏、弓は強し、浦響くほど長鳴りして、あやまたず扇の要ぎは一寸ばかりおいて、ひいふつとぞ射切つたる。かぶらは海へ入りければ、扇は空へぞ上がりける。しばしは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさつとぞ散つたりける。夕日のかかやいたるに、みな紅の扇の日出だしたるが、白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬ揺られければ、沖には平家、ふなばたをたたいて感じたり、陸には源氏、えびらをたたいてどよめきけり。
 あまりのおもしろさに、感に堪へざるにやとおぼしくて、舟のうちより、年五十ばかりなる男の、黒革をどしの鎧着て、白柄の長刀持つたるが、扇立てたりける所に立つて舞ひしめたり。伊勢三郎義盛、与一が後ろへ歩ませ寄つて、
「御定ぞ、つかまつれ。」
と言ひければ、今度は中差取つてうちくはせ、よつぴいて、しや頸の骨をひやうふつと射て、舟底へ逆さまに射倒す。平家の方には音もせず、源氏の方にはまたえびらをたたいてどよめきけり。
「あ、射たり。」
と言ふ人もあり、また、
「情けなし。」
と言ふ者もあり。

1、シナリオ化にあたって考えたこと

 中学校で多く行われている古典の授業は次のようであろうか。

①古典文を範読し、注意しなければならない仮名遣いについて指導する。
 または、
 古典文を自由に読ませ、グループで読み方を確認させる。
②注釈を利用しながら現代語に直していく。
 または、
 注釈を利用させながら、グループで現代語訳させる。
③内容を理解させるため図や絵を利用しながら確認のため発問する。
  または、
 疑問点や課題を見つけさせ、グループで調べたうえで発表させる。
④古典文の一部、または全文を暗唱させる。
 または、
 配役やパートを決めて、朗読会を開く。

 生徒の主体性や個性を大切にしていく、というあり方からは後者の方が優れている授業といえる。が、それにしても古典文が先にあって、それを現代文に直していく、という点では発想に違いがない。
 何事にあってもそうだろうけれど、「よい授業」を創造していくためには、一度それまでの自分の授業をまずすっかり捨ててしまうことが必要だ。
 常識にとらわれることなく、常に、どうすることがより良い授業に結びつくのか、という意識で授業改革に臨むということだ。
 そのために必要なことは発想を転換することにある。これまでの授業の常識を疑ってかかる「逆転の発想」が必要になってくる。
 中学校での古典の授業は、日本語の古語としての「基礎・基本」の知識を学ぶことと、教材を通して古人の物の見方、考え方を知り、自身の生き方に反映させることを目的としている。
 そこで、古典文を読めるようになることと、現代文に置き換えることが出来るようになることがまず求められる。ところが、そこから先をどうするかとなると、はたと困ってしまうのだ。
 そのままでは、英語や他の外国語の学習と同じものになってしまう。(外国語の学習はそんなものではない、とお叱りをうけるかもしれないが)
 それだけではだめだ、と誰もが思う。そう、だめなのだ。なぜならば、古典は文学だからだ。
 文学作品には文学作品の授業の仕方がある。とかく、読ませること、意味を理解させることに腐心するあまり、古典が文学であること、それならば文学的な読み方があること、という基本的な視点が欠落してしまう。
 ヘルマンヘッセの『少年の日の思い出』を読むのに、ドイツ語で読むことはしない。魯迅の『故郷』を読むのに、中国語では読まない。もし原語で読まなければならないとしたら、おそらく日本語訳するだけでくたびれはてるだろう。大学のドイツ語学科なら、中国語学科なら、それは当然としても、わたしたちは日本語学科の学生ではない。
 ところが、中学校の古典の授業の多くは、古典文を現代語訳することが中心の授業になってはいまいか。
 中学校はまだ古典の入門期である。古典嫌いの生徒をいたづらに増やさないために、なによりも「よりよい授業」をするために、まずは現代語訳で授業するべきだ。墓の翻訳文学と同様に考えれば、それは当たり前すぎるほど当たり前のことなのだ。
 誤解しないでほしい。だからといって、古典文が不必要だと言っているのではない。
 古典文が読めるようになることは必要なことである。古典文には現代文にない独特のリズムがある。美しい、と思う。先人の築いた偉大な文化遺産である古典文にじかに触れる感動を奪ってはいけない。古典文を読ませる指導はなくてはならない。
 だったら、現代文でしっかり文学作品としての授業を終えたあと、読みは読みとして古典文を指導すればよい。内容を理解させた上で読むほうが、余分な神経を使わずに済んで、ずっと能率的である。現行のように、いきなり古典文から入る授業のやり方は、そうやって古典文に読み慣れてからで十分だと思う。

2、授業シナリオ

<第一時>

・二年生での授業である。一年生で基礎的な学習は済んでいるので、古典文への読みの基礎はできている。

・前時で現代文と古典文を*掛け合いで読ませている。(*「竹取物語」の項を参照)

01 この文章を意味の上で分類するといくつに分けられるか。現代文の方に番号を付けて示しなさい。(①②③の三つに分けられる)

02 それぞれの段落が古典文ではどこになるか、古典文から最初の部分をさがしてワークシートに書きなさい。

・現代文と古典文を対応させていくために、必ず古典文で確認させていく。

板書:①ころは二月十八日の・・・
   ②与一、かぶらを取つてつがひ・・・
   ③あまりのおもしろさに・・・

03 それぞれの段落を読んで、その内容を次の形でまとめなさい。

①与一が・・・・・・・・・場面
②与一が・・・・・・・・・場面
③与一が・・・・・・・・・場面

板書:(例)
①与一が的の扇を射る前の場面
②与一が的の扇を射る場面
③与一が平家の男を射殺す場面

04 ①の場面を読んで、後の問いに答えなさい。

・与一が的の扇を射ることがどれほど難しいことであったかを読み取るための発問である。

05 初め、扇の状態はどんなでしたか。現代文に赤線を引きなさい。

(竿頭の扇もそれにつれて動き、しばらくも静止していない)

06 それを古典文ではどのように表現していますか、ワークシートに書き抜きなさい。

(初めの扇の状態:扇もくしに定まらずひらめいたり)

・現代文には赤線を引かせて目立たせ、古典文はワークシートに書き抜かせている。

07 扇がそのような状態だったのは、自然条件がどうだったからですか。現代文に赤線を引きなさい。

(折から北風が激しく吹いて、岸を打つ波も高かった)

08 それを古典文ではどのように表現していますか、ワークシートに書き抜きなさい。

(自然条件:をりふし北風激しくて・・・)

09 扇が射にくかったのは、自然条件以外にも理由があります。

(板書:精神的条件)

10 与一を、精神的に追い詰めたものはなんですか。現代文に二カ所赤線を引きなさい。

(沖には平家が、海上一面に舟を並べて見物している。陸では源氏が、馬のくつわを連ねてこれを見守っている)
(これを射損じれば、弓を折り、腹をかき切って、再び人にまみえる心はありませぬ)

11 それを古典文ではどのように表現していますか、ワークシートに書き抜きなさい。

(沖には平家・・・)
(これを射損ずる・・・)

・味方にも敵にも、多くの人に見られている。失敗すれば死ぬしかない、というプレッシャーの中であることをわからせる。

12 ところが、最後の場面では扇の状態が変わります。どんな状態になりましたか。現代文に赤線を引きなさい。

(的の扇も静まって射やすくなっていた。)

13 それを古典文ではどのように表現していますか、ワークシートに書き抜きなさい。

(扇も射よげにぞなつたりける)

・あとの理解のためには大切な確認なのだが、単純な作業が続くので、生徒に飽きが見える。そこで、次からは難易度を少し上げる。

14 扇がそんな状態になったのは、自然条件がどうなったからですか。今度は、現代文を参考に、古典文を書き抜きなさい。

(自然条件の変化:風邪も少し吹き弱り)

15 あとの方では与一にかかっていたプレッシャーも解消されます。それはどういうことからそうなりましたか。現代文を参考に、古典文を書き抜きなさい。

(精神的条件の変化:心のうちに祈念して)

16 心のうちに祈念したことで、気持ちがどうなったのですか。書きなさい。

 気持ちが(落ち着いた)

17 また、与一は心のうちでなんと祈ったのですか。古典文から一行程度で二つ書き抜きなさい。

(あの扇の真ん中射させてたばせたまへ)
(この矢はづさせたまふな)

18 このように、①の場面では、大きなプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、精神を集中させて難題に挑む与一の姿が描かれていました。それでは②と③の場面ではどうでしょう。

<第二時>

01 今日はまず、クライマックスについて勉強します。

・クライマックスの定義についてはすでに学習済みである。

02 クライマックスはどこですか。現代文の②と③の場面を読んで、ここだと思うところに赤線を引きなさい。

・いくつか意見が出る。相談させたあと、挙手させる。②の場面の「あやまたず扇の要から一寸ほど離れたところをひいふっと射切った」という意見が多数を占める。

03 いったん保留します。②と③を詳しく読んだあと、もう一度考えることにしよう。

04 ②にはどんな与一が描かれていましたか。「~をした与一」という形で書きなさい。

(扇の的を射た与一)

05 では、扇の的を射た与一に対して、敵の平家や味方の源氏はどんな反応をしたか、古典文の中から捜して書き抜きなさい。

(平家:ふなばたをたたいて感じたり)
(源氏:えびらをたたいてはやしたてた)

06 平家も源氏も、敵も味方もともに与一の偉業に惜しみない称賛を送ったのですね。当時の武士にはそんな「美意識」があったのです。

(称賛・・・美意識)

07 では③にはどんな与一が描かれていましたか。同じように「~をした与一」という形で書きなさい。

(平家の男を射殺した与一)

08 ③の与一に対して、敵の平家や味方の源氏はどんな反応をしたか、現代文を参考に古典文から書き抜きなさい。

(平家・・・音もせず)
(源氏・・・またえびらをたたいてはやしたてた)

09 源氏は同じように称賛したのに、平家側は無言でした。

10 さて、このあとに台詞が二つ続いています。

(( )「あ、射たり。」)
(( )「情けなし。」)

11 この二つの台詞はそれぞれ平家・源氏のどちらのものですか。現代文を参考にして( )に書きなさい。

・「あ、射たり。」にはほぼ全員が「源氏」と入れるが、意見の分かれるのは「情けなし。」である。

12 「情けなし。」が源氏側の台詞だと思う人は右手、平家側だと思う人は左手を挙げなさい。

・この段階では、ほぼ意見が二分される。

13 周りを見てください。自分と意見の違う人の所へ行って、その理由を聞いてきなさい。

・この活動のあと、再度挙手させる。断然「源氏」が多くなる。「平家」から「源氏」に意見を変えた生徒を指名して、その理由を聞く。そのあと、

14 「平家」だという意見の人、今の彼の理由を聞いて考えを変えますか。変えない人?

・ここでの論破の授業は楽しい。意見の違う相手を説得するには誰もが納得する根拠が必要である。「平家側は「音もせず」で何も言っていない」「源氏側は・・・言う人もあり、・・・言う人もあった」を根拠としてあげる。しかし、ここでは味方である源氏側がなぜ与一の行為を批判したのか、その意味がわからなければならない。

15 大変大切な発問です。とても難しいです。けれどこれがわかればすばらしい。ぜひ自分の力で解決してみてください。

(板書:なぜ同じ味方の源氏側が与一の行為を批判したのか)

・生徒に対してずいぶんあおっている。こういう挑戦的な言葉がやる気を生む。机間巡視のあと、書けない生徒にヒント。

16 ヒントです。平家の男はなぜ舞を舞ったのですか。その理由は現代文の中にありますね。

(あまりのおもしろさに、感に堪えなかったのであろう)

17 つまり、敵である与一の弓の見事さに感動したのですね。それなのに・・・。

(与一の弓の見事さに感動して舞を舞った男を非常にも射殺したから)

・この解は不十分である。生徒にわかりやすいようにまず易しく書いたが、さらに突っ込んで。

18 平家はもちろん、源氏側にも与一の行為への批判があったのですね。それは与一の行為が、当時の武士にとっての「 何 」を破壊したからですか?

・男は当時の武士の美意識を体現した存在であり、それを射殺すことは価値観の破壊である。お互いに名乗り合って一対一の戦いを挑み合う武士としての美しさを、問答無用に破壊したことへの批判である。しかし、そこまでの解を生徒に期待することは無理。知らないことは教える。それでいい。

(当時の武士は、お互いに名乗り合って一対一の戦いを挑み合った。与一はそんな武士としての「 」を破壊したのである)

・「約束」「きまり」「習慣」などは出るが、「美意識」や「価値観」はやはり出ない。

19 それを、難しい言葉で「美意識(美しさのこと)」や「価値観(大切さのこと)」といいます。与一は、当時の武士の社会にあって美しいとされた行為や大切であるとされた行為を破壊したのですね。だから味方からも批判された。

(「美意識」を破壊)

20 与一は、舞を舞った男を射殺しただけでなく、当時の武士の価値観までを破壊した。それが平家が築いてきた貴族社会そのものの破壊につながったということなんです。

・与一の行為が引き起こしたことは歴史的にも大きな意味があったことに気づく。

21 それではもう一度クライマックスに戻りましょう。②の段落には与一への称賛、③の段落には与一への批判。まったく逆のことが描かれていますが、この物語の中心は②にあるのですか、③にあるのですか。どちらかに○をつけなさい。

・『扇の的』という題名から、②が中心だと考える生徒もいるが、ここは指導者の解を示す。

22 ③です。なぜなら、②の与一を称賛することが中心ならば、③の与一を批判する場面(美意識の破壊)は必要ないからです。

23 では、クライマックスは③のどこにありますか。古典文から書き抜きなさい。

(舟底へさかさまに射倒す)

24 クライマックスの前後で変わったものはなんですか。これまでノートに書いた言葉の中からさがしなさい。

(美意識)

25 そうですね。この物語では平安時代の貴族社会の価値観であった美意識を、武士社会の代表である与一がぶちこわした。与一が射殺したのは男だけではなく、貴族社会そのものだったのですね。時代の大きな変化のなかで対比的に描かれた人間の様子のおもしろさを感じてもらえたでしょうか。

26 では、最後にこの授業の自己評価を書いてください。