Ⅱ 詩歌編

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│「いくたびも・・・」(正岡子規)授業シナリオ                                 │
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・教材「いくたびも雪の深さを尋ねけり」について

 明治二十九年作。「病中雪四句」と前書した連作の一句である。
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│    病中雪四句                                                            │
│                                                                             │
│  雪ふるよ障子の穴を見てあれば                                              │
│                                                                             │
│  いくたびも雪の深さを尋ねけり                                              │
│                                                                             │
│  雪の家に寝て居ると思ふばかりにて                                          │
│                                                                             │
│  障子明けよ上野の雪を一目見ん                                              │
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 この句は,病床にある正岡子規が外で降っている大雪の降り積もった深さを幾度も家の人に尋ねるというものである。東京では本来,心楽しいはずの雪だが,脊椎カリエスという病で立つこともままならず,自分の力で見ることが難しくなった外の世界が気になるのである。何度も家の人に雪がどれくらい積もったのかを尋ねてしまう。起き上がって自分で見ることのできないそのもどかしさをこの俳句にしたためているのだが、病床にある自分自身の思いを「雪」に写しているように読み取れる。
 「けり」が「切れ字」であり,「尋ねけり」が感動の中心で「尋ねてしまったよなあ」という深い思いが伝わってくる。また助詞「も」の使い方も作者の心情をよく表している。季語は「雪」で冬の季語、「句切れなし」の句。
 
1、シナリオ化にあたって考えたこと

 句の中の「雪」を伏せ字とする。
 前後の意味を確認しながら、伏せられた言葉を探し出す過程において、自分なりの解釈を持った作品ができあがる。それらは正岡子規の作品ではないが、生徒1人ひとりにとってそれぞれの独創性をもった作品となる。さらに、自作についての解釈文を書かせることで、教材作品を読み深める視点が養われる。こうしたアプローチが、この教材への親しみを深めさせ、また作者への共感を生ませる。
 期待されているのはこの教材を通して中学3年生としてのどのような読みの力をつけることができるか、という点にある。伏せ字に言葉を入れるというクイズのような授業が目的ではない。少なくとも教室において文学教材を学ぶということの意味の一つは、その文学作品に現れる人物(この場合は作者)の生き方を通して人としての真実の生き方を読み取るところにあるだろう。
 生徒はこの教材を通して、どのようなことを学び取ることができるだろうか。そしてそのためにどのような授業をすることが必要なのだろうか。

2、授業シナリオ
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│ 1 伏せ字に何が入るかを想像させ、その理由(解釈文)を書く。                │
│ 2 実際に使われた言葉を提示し、その背景について解釈文を書く。              │
│ 3 作品評を書く。                                                          │
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・「雪」を伏せ字にした教材を黒板に貼る。

01 今からやる教材です。・君読んでみて。

02 □はなんとか、と読んで。

03 いくたびも、は何度も何度も、という意味。尋ねけり、は尋ねたよ、というような意味。

04 さて、では文章の種類はなに?

・指を折って音数を数える生徒がいたらすかさず誉める。

05 俳句だから、□には何音の言葉が入る?。

06 そう、2音だね。5・7・5の17音で出来ているのが俳句だよね。もうひとつ言うと、ここには漢字1字が入る。2音の言葉で漢字1字。さて、何が入る?ワークシートの□の中に言葉を予想して書いてみて。正解でなくてかまわない。自分でこうだと思う解答を書いてみて。

・机間巡視で生徒の回答をつかんでおく。なかなか書けないでいる生徒を励ます。

07 まだ書けていない人は?じゃあ、あと1分。

・すべての生徒が授業に参加していることが授業成立の最低条件である。全員を引き連れて次に進むために、こうした問いかけは必要な配慮である。

08 じゃあ、発表してもらおう。

・座席順に全員に答えさせる。

09 それぞれに思うことは違って、いくつもの回答が出たけれど、本当に大切なことはここからね。なぜ、この言葉を入れましたか?この言葉を入れたのは、誰がどのような状況で作った句だと思うからですか?次の□に書きなさい。

・解答をしたからには必ず理由がある。なんとなく、という理由は認めない。これが一番大事。机間巡視で解答の傾向をつかむ。

10 発表してもらいましょう。

・解答傾向の中からよくまとまったものを選び、発表。拍手で全員で認めてやる。

11 それなりに背景が伝わってくるすばらしい解釈文だったと思います。教材の原作とは違うかもしれないけれど、それぞれがみんな1人ひとりの作品であって、立派に独創的な作品になりましたね。

12 正解を発表しましょう。正解は「雪」です。
「いくたびも雪の深さを尋ねけり」というのが本句です。

13 欠けた言葉がわかったところで、音読をしましょう。わたしに随いてしっかり読んでください。

・韻文では音読を重視する。俳句のもつリズムを音声表現で感じさせる。

14 先ほどみんなに作ってもらったときはわざと触れなかったけれど、俳句には「有季定型」という約束があるから、句のなかに必ず季節を表す言葉が必要だね。それが季語。「雪」が季語で季節は冬。ちなみに、切れ字もあるね。

15 そう、切れ字ベスト3の「や・かな・けり」のけり。切れ字は句の感動の中心だから、「尋ねけり」に作者の一番言いたいことがある、ということです。だから、ただ「尋ねた」ではなく、「尋ねたんだよ」とか「尋ねたんだなあ」というしみじみとした感情がこめられている。

16 感動の中心は、もっとも大切な言葉は「尋ねけり」で間違いないんだけど、この句を解釈するときに、「尋ねけり」と同じくらいに重要な言葉が他にもある。どれだと思いますか?句の右側に線を引いてみようか。

・この問いに最初から多くの正答は期待していない。前ぶりの発問である。机間巡視で正答者をさがす。

17 正解は・・・、・君。どうぞ。

18 そう、「も」なんですね。なぜ「も」なのか。もし「も」以外に別の言葉を入れたら、この句の感じがどう変わるか、試してみましょう。

「いくたびか 雪の深さを 尋ねけり」

19 「も」が「か」に変わると、この句の雰囲気はどう変わるか。「か」より「も」の方がずっと・・・、のあとに続けて書いてみましょう。

・頭を上げて外の景色を見ることすらできない子規のもどかしさがこの「も」によく表れている。わたしはよくこうした対比・対立を意識的に授業の中で仕掛ける。対比や対立でその違いを明らかにすることによって表現の意図に気づかせることができるからである。
ほとんどの生徒はこの違いに気づくが、理解しにくい生徒、あるいはだめ押しのヒントとして、次のように問う。

20 「か」なら何度尋ねたの?「も」なら何度尋ねたの?

・数で問う、というのは有効な授業技術の一つ。

21 そうだね、何度も何度も繰り返し尋ねている様子が伝わってくるね。
さて、作者は、降り積もる雪の深さを何度も何度も誰かに尋ねている、という句の意味はわかったんだけれど、でも、それがどうした、というんだろう。作者はこの句からいったい何を読者に伝えたいのだろうか。

22 あのね、詩でも俳句でも、短歌でも、音数に制限のある韻文の場合、短い言葉の中に作者が一番伝えたい思いが込められなければならない。けれど、その思いをストレートな表現で書き表せば、作品はとっても底の浅いものになってしまいます。
 たとえば、「悲しい」ことを表現したいときに、「心が折れる」などと言うことがあります。「悲しい」という言葉を直接使うのではなく、骨折の時に使う「折れる」という言葉を使うことで、読者に心の痛みの強さをより深く伝えているのです。
 優れた文学作品であればあるほど、作品の中に作者の思いは直接表現されません。作者は、物や現象に自分の思いを託して表現するのです。感情を述べずに、物や現象に託して伝えることで、単なる説明では伝えきれない深い心の動きまで読者に伝えることができるのです。これを「イメージ語」といいます。

・文学作品を読む、ということについてわたしなりの考えを述べている。少し難しい話をしているが、こういうことを伝えるのも文学の授業である。

23 作者が、ここに「雪」という言葉を使ったのはけっして偶然ではありません。作者の伝えたい思いがこの言葉に込められていると考えられます。
 では、みなさんは「雪」という言葉からどのようなイメージを連想しますか。「ーい」という形容詞一語で書きましょう。思いつくだけ書いてみて。

・わたしは、「雪」の儚い、それでいて冷たく冬の厳しさも感じさせるイメージが、病床で闘病する子規の気持ちを代弁している、と考える。

24 同じ「雪」という言葉でも、温暖な土地に住む人間が感じるイメージと、新潟や山形のような豪雪地帯の人たちが感じるイメージは当然違う。人によって、その時の状況や気持ちの持ち方でイメージはまったく違ってしまう。この句も同じです。この時、作者はどのような状況で、どのような思いを伝えるためにこの言葉を使ったのだと思いますか。

25 さあ、ではこの句の解釈文を書いてみましょう。さっき自分の作品に書いたように、「雪」を入れたときのこの句の情景を想像して書いてみましょう。誰がどのような状況で作った句だと思いますか?

・この発問がいきなりでは答えられる生徒は少ないが、前半で自分の作品に解釈文を書いた経験がここで生きてくる。

26 実際に作者が作ったときの情景と違っていても全然かまわない。あなた自身がこの句をどう解釈したのか、ということが大事。

・もちろん正解はある。正解は正解としてきちんと教えてやらなければならないが、文学作品を味わう、という意味で、自身の読み取りを大切にしてやりたい。

27 では、発表して下さい。

・机間巡視で目についた何人かの解釈文を選んで発表させる。もちろんみんなで拍手で認めてやる。指導者の目を通したものだから、自信をもって発表できる。

28 ありがとう。どれもしっかりした解釈文が書けていました。素晴らしかったです。

29 では、実際、作者がどのような状況でこの句を作ったのか、を紹介します。
 作者は正岡子規。明治時代の人です。本名は常規(つねのり)。34才で肺結核で亡くなるんだけれど、肺結核になると咳が止まらなくなって血を吐きます。そんな自分の姿をみて子規というペンネームをつけました。子規というのはホトトギスのことで、「鳴いて血を吐くホトトギス」と言われるように血を吐くまで鳴き続ける、といわれるホトトギスに自分をたとえたと言われています。また、子規は野球が大好きで、幼い頃の名前の「のぼる」を「野球」と書き換えてペンネームにしていたこともありました。大学時代はあの有名な夏目漱石と同級生でした。
 では、わたしの解釈文を紹介します。

・指導者による模範解答を提示。ここを精一杯頑張る。指導者の読みの深さ、質が問われる場面である。

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│ どうやら外は大雪が降っているようなのに、肺結核が悪化してもう寝たきりになって│
│しまった子規はそれを見ることができない。けれど気になって仕方がない子規は、看病│
│してくれる家族に何度も何度も今どれくらい雪が積もっているのか、と問いかける。い│
│つも見えるのは狭い部屋の風景だけ、という子規にとって、外の世界の劇的な変化はど│
│れほど魅力的であったことか。それを家族に何度も何度も問いかける心情の深さが「も」│
│や「尋ねけり」という表現によく表わされている。「雪」は淡くはかなく消えるもの。│
│そのはかなさに自分の命の短さを重ね合わせたのかもしれない。しかし、その雪がいま│
│深く深く降り積もっている。もう長く生きられないかもしれないと覚悟しつつも、命の│
│永遠性、重みというものを歌わずにいられない作者の思いの伝わる句である。       │
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30 どうですか。自分が描いていたこの句の情景とどれくらいの違いを感じたでしょうか。作者について学んだり、作品の背景を知ると、作者や作品への理解や興味はもっと深くなりますね。文学作品をよむ楽しさはこんなところにあるのだと思います。

31 それでは最後の質問です。今日の授業を終えての感想です。あなたはこの句が好きですか。好きではありませんか。どちらかに○をつけて、その理由を短く書いて下さい。

・生徒による授業の束ねである。作品の評価であると共に、授業評価でもある。作品の好き嫌いは個人の好みであるが、評価文を書ける、ということがこの1時間の授業の向上的変容を表すことになる。

 

 



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│「たはむれに母を背負ひて」参観日の授業シナリオ                               │
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・教材「たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず」について

1、シナリオ化にあたって考えたこと

 参観日の授業の記録である。
 参観日の授業は特別な授業であるべきである。前の日の授業の続きをたんたんとこなすような授業であるべきではない。
 保護者の関心は、この教師は、我が子の学力を十分に伸ばすだけの力量をもっているのか、という一点にある。疑心暗鬼で見守っているのである。参観日の授業はその保護者の願いに応えるような授業でなければならない。
 わたし達が保護者向けに授業を見せる機会というのはそう多くない。保護者の信頼を得るための貴重な機会なのであるから、そんな数少ない機会をみすみす無駄にするべきではない。参観日の授業は年に数回の保護者向けのパフォーマンスの日なのだ。言葉は悪いが、「あなたのお子さんにこんなふうにして国語の学力をつけていますよ」と安心してもらう日である。だから、参観日の授業には普段にも増してすべての生徒が生き生きと活動し、成長する姿を見せるための工夫が必要である。
 もちろんわたし達は毎日、毎時間がそのような授業であるように努力はしている。しかし、保護者は授業のプロではない。研究授業とは視点の違う「見せるための授業」が必要なのである。自分の専門分野を振りかざした、保護者にチンプンカンプンな難しい授業をするべきではない。また、生徒の実態に合わない易しすぎる授業では逆に見くびられてしまう。
 特別な授業をしようとすればそれなりに準備も必要である。面倒であることは間違いない。前の日の授業をやっていればそれで済むには済む。進度も気になる。しかしたかだか年に数時間である。そのための努力を惜しむべきではない。参観日の授業は国語教師としての力試しの絶好の機会なのだ。

 わたしは次のような観点で授業することを考えている。
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│①生徒はもちろん、保護者にも楽しんでもらえる授業にする。                     │
│②一時間で完結する授業にする。                                               │
│③「我が子」が力をつけていく姿が明らかになるような授業にする。               │
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 今回の授業シナリオでは石川啄木の短歌を取り上げた。

2、授業シナリオ

・始業の挨拶が終わって、その最初の一言で全員の生徒を集中させたい。そのための不空が「つかみ」である。漢字でなら「掴み」。
 この部分に天才的な才能を感じるすごい先生方がいる。雑談のようにして、知らないうちに授業の本題に入っている。あこがれるが、わたしにはそんな才能はない。へたくそだとはいつも思うが、即授業の実際場面から始めることが多い。
 しかし、今日は参観授業である。ぼそぼそと私語を交わしている母親たち、少し緊張気味の生徒たちをいきなり引きつけたい。用意したものはB4判に拡大した「歌手A」と石川啄木の写真。中身が見えないように色画用紙を貼り、そこに「わたしはだぁれ」と書いた。
 まず、「歌手A」を取り出す。

01 全員立ちなさい。クイズです。この人は誰でしょう。分かった人から座りなさい。

・自分は椅子に乗って、全員に見えるように配慮する。全員が立つので、何が始まるのかな、と保護者が集中する。クイズ形式なので保護者も取り込める。
・次々にヒントを出していって、全員を座らせる。答えはすぐにわかっていい。「できた」という体験が意欲を生む。
 次に石川啄木を取り出す。

・今度は立たせる必要はない。ここからが本番である。ヒントをすべて板書していく。

02 二人目です。わたしが書くヒントをノートに写しながら、わかったら答えを書きなさい。でも、たぶんわからんだろうな。

・挑発的に言う。

03 ヒント1、男の人です。
   ヒント2、仕事は歌を作ることです。
   ヒント3、岩手県出身です。
   ヒント4、お父さんはお坊さんでした。
   ヒント5、少年時代は神童(天才少年)と呼ばれました。
   ヒント6、高校時代に、歌を作ることと、恋をすることに夢中になり、成績は急降        下。三年で中退して東京に出ました。
   ヒント7、彼の作った歌は人々から注目され、天才と呼ばれましたが、歌は売れず        生活はとても貧しいものでした。
   ヒント8、わずか二十七才でこの世を去りました。
   ヒント9、本名は石川一です。
   さて、わたしはだぁれ。わかったら書きなさい。

・ここまで板書していくと自然に年譜ができあがっているという具合。生徒の集中の度合いが格段に違うことはいうまでもない。「石川啄木」という正答もあるが、誤答で多いのは「尾崎豊」。しかし、全然気にする必要はない。知らなくてもいいのである。

04 実はこの人です。

・画用紙を開いて写真を見せる。「石川啄木」と黙って板書。

05 「啄」は「豚」に似ていますが「つっつく」という意味。「木をつっつく」のは?

C:きつつき

06 そう。だから、「石川きつつき」という意味だけど「たくぼく」と読みます。

・「子規・漱石・白秋」など、文人の雅号やペンネームには由来のあるものが多い。関心や興味を起こすには必要な指導である。保護者も「なるほど」。

07 石川啄木は明治時代の人です。今日はこの石川啄木の作品について勉強します。

・再度ヒントに触れながら、石川啄木の人物像を確認する。高校中退は、実は中学校五年生であったことを訂正しておく。歌人であったことにはわざと触れない。後の発問のための伏線。

08 作品を板書します。視写してください。

   たはむれに母を背負ひて
   そのあまり(  )に泣きて
   三歩あゆまず

・あとで書き込みをさせるために、二行間隔を空けることと、(  )をそのまま空欄にしておくことを指示。

09 読めない漢字はありませんが、読みにくい言葉はありますね。線を引きなさい。

・「たはむれ・背負ひて」は「たわむれ・背負いて」と読むことを確認し、文語で書かれていることに気づかせておく。これも伏線。

10 ①この文章の種類はなんですか。書きなさい。(短歌)
   ②なぜ短歌だといえますか。(五七五七七)

・①では全員に書かせる。指を折っている生徒がいるので誉める。しかし、短歌であることがわからない生徒もいるので、②では短歌と答えた生徒にその理由を言わせる。

11 短歌であるならば、(  )の中に入る言葉は何音の言葉でしょう。数字を書き入れなさい。(三音)

12 意味の分かりにくい言葉に線を引きなさい。

・「たはむれに」「あゆまず」をあげる生徒が多い。時間は取らない。わからない言葉は教える、でいい。先ほど板書した本文に訳文を付けていく。

   たはむれに  母を 背負ひて
      ほんの冗談で  母を おんぶして

   その   あまり   (  )に  泣きて
      その母の  あまりにも 何とかなので  泣けてきて

   三歩  あゆまず
      三歩も 歩けなかった

13 では問題です。(  )に入る三音の言葉はなんでしょう。書きなさい。

・机間巡視で解答を見て回る。予想通り「重さ」と書いている生徒がいてくれる。ここまでの流れは確認の作業が多くて、そろそろ保護者の私語も目立つ頃である。ここからが腕の見せ所。
 生徒から出た意見をすべて採り上げて、(  )に入れて読んでいく。「重さ」を入れたところで母親たちの大爆笑。「重さ」と答えた生徒とその母親を傷つけないように配慮しながらも「生活実感かな」と独り言のようにつぶやく。また爆笑。
 ほかに「苦労・細さ・軽さ」が出た。いずれもこの歌の意を汲んだ解答であり、見事である。

14 正解は・・・。

・黙って「軽き」と書き入れる。

15 答えは「軽さ」です。ただし、先ほども言ったように、この短歌は文語ですから「軽き」が正解です。ん?矛盾しますね。「重さ」と書いた人は素晴らしいですよ。その方がよっぽど理屈に合ってる。「重かったから歩けなかった」ならわかるけど、どうして「軽かったから歩けなかった」のかな。それが理解できれば、この短歌が読み味わえた、ということ。さあ、頑張って書いてみよう。

・頭ではわかっているのだけれど、それを文章にすることに抵抗のある生徒は多い。鉛筆の動かない生徒へ助け船を出す。

16 ①友達のノートを見て、自分の意見と比べなさい。
      ②自分の意見で書き直すところがあれば直しなさい。

・わたしはよくこう指示する。自分の考えが補足されたり裏付けられたり、または考え直させられたりする。書けていない生徒は、なるほど、こう書けばいいのか、とよいサンプルが得られる。授業者はすべての意見を細かく捕らえられないが、この作業によって生徒自らが友達から学ぶことが出来る。ただし、正しく学ぶとは限らないので、授業者による「束ね」が必要なのはいうまでもない。「束ねること」は授業者の責任である。

・机間巡視で拾った意見を発表させる。意図的指名である。適当に当てたのではない。陥りがちなミスや、気づかない誤りなど、授業者が見逃せない誤答を拾い上げ、全体のものにしておく。

C1:母が病気であることが辛かったから。
C2:食べ物も満足になくて母を痩せさせたから。

・C1には、母が病気であることはどこからも読めないこと。C2には作者の気持ちが必要であることなど、不備な点を解説してから板書。

 痩せるほど母に苦労させていたことに気づき、ショックをうけたから

17 さあ、最後の問題です。かなり難しいよ。できるかな。

・ここでも挑発。やる気を煽る。

18 「三歩あゆまず」を「三歩あゆめず」に変えたい。いいか、悪いか。いいと思う人は○を。悪いと思う人は×を書きなさい。

・後の保護者もうなったようである。たぶんこんな発問に出遭ったことがないのであろう。問題のありかがはっきりしている。二つに一つである。しかし、知的な問題であるから思いつきでは答えられない。

19 ○の人は右手を、×の人は左手を挙げなさい。

・必ず全員に手を挙げさせる。

20 では、反対意見の人を納得させられる理由を書きなさい。

・これがタフな問題である。何となく、ではダメなので、かなり脳みその活動が必要になる。書けていない生徒も多いが、まだかまわない。まず○の意見から聞く。

C3:「あゆめず」にしても意味は変わらないから。

・しっかりした意見である。わたしはこの短歌の大意を意識的に「三歩も歩けなかった」と書いた。正確には「三歩も歩かなかった」が正しいのであるが、C3はこの大意を根拠として変わらない、と言ったのである。
 この意見を使って×の方を揺さぶった。×にしたにもかかわらず、その理由を書けていなかい生徒数人に突っ込む。

21 いまのC3の意見を聞いてどう思う。意見が変わる?

・彼らは自分なりの根拠が築けていないからすぐに揺れてしまう。「素直だね」というと笑いが起こる。保護者も集中しているのである。

22 自分が間違っていたと思ったら遠慮なしに変えたらいい。それだけこの意見に説得力があるということだから。

・ところが、×派でもしっかりとした根拠を持っている生徒は揺れない。「意見は変わらない」と言う。そこで次のように指示する。

23 友達と相談しなさい。

・この時間で一番活発な瞬間。彼らは保護者の存在も忘れ、知的に興奮した。教師冥利につきる瞬間。

24 再度聞きます。○の人は右手を、×の人は左手を挙げなさい。

・×が増えている。

25 ×の人が増えたようですが、最初から×だったC4さん、理由は?

C4:「あゆまず」は作者の意志だから。

26 おっ、「意志」か。ずいぶん難しいことを言ったね。 もう一人聞こう。

C5:「あゆめず」はどうしたって歩けない。でも「あゆまず」は歩こうと思えば歩ける。でも歩けない。

27 そう、そのとおり。それを「作者の意志」という。三才の子どもに三キロの道は歩けない。七〇キロのお母さんを背負っては歩けない(爆笑)。失礼しました。しかし、「あゆまず」は違う。歩こうと思えば歩ける。けれど歩けない。その作者の心理がわかればよい。だから「あゆまず」でなければならない。

・C4の意見をあっさり流したようにみえるが、まとめとしては使いたい言葉だった。しかしすべての生徒に通用する言葉ではなかったのでここで活かしたのである。

28 あなたはこの作品が好きですか。それとも好きではありませんか。○か×で書いて下さい。

・わたしは詩歌の授業のあとによくこう聞く。○が多ければやはり嬉しい。授業評価に近いものを感じるからだ。もちろん×があってもいい。

29 最後に、全員立ちなさい。作者の気持ちを大切にしながら、この作品を三度読んで座りなさい。

・ここでは時間の都合で三度で済ませたが、詩歌や古典の授業では朗読をおろそかにしてはならないと思っている。

・参観日の授業は、保護者にアピールする授業である。しかし何よりも生徒にとって有意義な授業でなければならない。その両方の目的を達成できたら、こんなすばらしいことはない。

 

 

 

 

 



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│詩「ふるさとは遠きにありて・・・」(室生犀星)授業シナリオ                   │
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・教材「小景異情 その二」
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 │ ①ふるさとは遠きにありて思ふもの                                          │
 │ ②そして悲しくうたふもの                                                  │
 │ ③よしや                                                                  │
 │ ④うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても                                │
 │ ⑤帰るところにあるまじや                                                  │
 │ ⑥ひとり都のゆふぐれに                                                    │
 │ ⑦ふるさとおもひ涙ぐむ                                                    │
 │ ⑧そのこころもて                                                          │
 │ ⑨遠きみやこにかへらばや                                                  │
 │ ⑩遠きみやこにかへらばや                              ー番号は桂ー  │
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1、シナリオ化にあたって考えたこと

一 読みの抵抗と評価
 一般に、文章を読もう(ここではそれを「読解」の意味で用いる)とするときには読みを阻害する抵抗に出会う。それはわれわれ大人にあっても当然ありえることであり、学習途上の生徒であるならばなおさらのことである。
 国語の授業は、考えられるさまざまな抵抗を生徒と教師が共に取り除いていこうとする学習の活動によってなりたつ、という一面をもっている。
 今回の教材を学習する上で、読みの抵抗を次の四点で考えた。
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 │ ①漢字や文語表現の読みの抵抗                                              │
 │ ②文語表現の意味がわからないことによる読みの抵抗                          │
 │ ③表現の異化による読みの抵抗                                              │
 │ ④解釈のゆれによる読みの抵抗                                              │
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 ①と②は言語事項についての読みの抵抗である。いわゆる「表層の読み」に関わる問題であって、ここには「正解」が存在する。
 ③と④は「解釈」に関わる問題である。「深層の読み」といわれ、作品の文学性の高さや読者の読解力の程度によってさまざまな読みとりが生まれる可能性がある。それらの読みには「必ず正解」という解釈は困難であるが、読みとして「よりよき解釈」というものは成り立つ。(これを「蓋然的正解」と呼ぶ。)
 この授業では、③や④の学習を通して、解釈の対立を引き起こさせることによって作品をより深く読ませることを目的とする。
 学習集団として、個人として、これらの抵抗が取り除かれたときを学習者として向上的に変容したと認め、評価の基準をそこにおくこととする。

二 対立・討論によって深まるもの
 対立・討論によって何が深まると考えるのか。私は、対立・討論によって読みの抵抗が解消され、その過程において読みが深まると考える。それでは、読みが深まるとは、具体的にどのような状態になったことをいうのだろうか。
 仮説実験授業では予想されるいくつかの仮説の中から正解を求めていく。例えば次の問題がそうである。
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 │ 江戸時代の農民のおもなエネルギー源(カロリー源)となっていたのは、        │
 │ 次のうち何が一番多かったと思いますか。                                    │
 │ 予想                                                                      │
 │ ア、米  イ、麦  ウ、雑穀  エ、いも・大根・その他(一部略ー桂)      │
 │                   (『歴史の見方考え方』板倉聖宣 仮説社)│
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 生徒にどの解がもっとも適当であるかを予想させ、いろいろな資料や証拠をあげることによって解にたどりついていく。自らの予想が「あたっているか、はずれているか」というクイズ的な面白さがあって、興味が長続きする。
 さらに、自分の意見の正当性を言うならば、他の意見が誤っていることを論破できなければならない。誤りを指摘し、相手を納得させるためには確かな証拠がいる。「なんとなくそう思う」では誰も自分の意見に賛同してはくれない。
 国語の授業においての証拠とは、自分の持っている言語の知識、文法の知識、さらには一般常識まで総動員して、より注意深く文章を読むことによって集められるものである。そしてこの過程において、それまで自分が考えていたことが補強されたり、新しい解釈の可能性に出会ったとき、それを読みが深まったという。また逆に相手の意見の中に自分が思いもしなかった読み方をみつけ、「そうか、そんなふうにも考えられるのか」と納得がいったとき、それを読みが深まったといっていい。
 対立と討論は、たくさんの意見をぶつけあうことによって成り立つ。たった一人の読みでは不可能な、幅広い読みの可能性が生まれるのは必然である。
 一般的な授業形態の中でも授業者は、意識するしないにかかわらず、対立や討論をしかけているものである。しかし、それらが意図的でないと、えてして授業者の読みに誘導してしまったり、また生徒は授業者の頭の中の解を求めることに無駄なエネルギーを費やし、自分の頭で考えることをやめてしまう。授業者は自らの読みをもち、それを示さなければならないが、それもあくまで読みの可能性の一つである。

三 対立・討論の形態
 対立・討論について、どのような形態をそういうのかを明らかにしておく必要がある。加藤公明氏は『日本史討論授業のすすめ方』(日本書籍)のなかで次のように書いている。
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 │ 私の討論授業の形態には、全員による直接討論と班別討論の二通りの方法がある。│
 │ これは次の四つのタイプに分類できる。                                      │
 │                                                                           │
 │ 【タイプ1】一人の生徒に意見を発表させ、その後その説への賛否を問い、賛成  │
 │       ならば理由や付け足しを、反対ならば批判や対案(異見)を言わせ  │
 │       て、討論を組織する。                                          │
 │ 【タイプ2】1の形態で複数の異見を取り上げ、討論を組織する。              │
 │ 【タイプ3】あらかじめ各人に自説を作らせ、同じ意見の者同士で班を編成させ、│
 │       討論を行う。                                                  │
 │ 【タイプ4】席が近い者同士で班を編成し、協力しながら班の意見を作り、他班  │
 │       との討論を行う。                                              │
 └─────────────────────────────────────┘
 私自身の討論の授業も概ね加藤氏の実践に近い。時間がないときや、討論の授業にまだ慣れていない時期にはタイプ1や2を使う。今回の授業では「都」派と「ふるさと」派の二つの異見を対立させる。そこでタイプ2から3を応用した形態をとりたい。

四 読みの抵抗をどう授業化するか
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 │ ①漢字や文語表現の読みの抵抗                                              │
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 漢字を読むことによる抵抗は「異土」と「乞食」。「乞食」には「かたゐ」とルビが振られているので、実際には「異土」一つだが、「いど」と読むことは難しくない。
 文語表現による読みの抵抗は大きい。中学一年生のこの時期ではまだ文語表現には慣れていない。したがって、「思ふ」「うたふ」「かたゐ」「ゆふぐれ」「かへらばや」は読めないと考えておく。
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 │ ②文語表現の意味がわからないことによる読みの抵抗                          │
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 たくさんある。「よしや」「うらぶれて」「異土」「かたゐ」「なるとても」「あるまじや」「こころもて」「かへらばや」。生徒が持っている辞書では対応できない言葉もある。そういう言葉は教師が教えればよい。現代語訳は次のように示す。
 ①ふるさとは遠きにありて思ふもの
 「ふるさと(というもの)は遠い土地にいて思うものである」
 ②そして悲しくうたふもの
 「そして悲しくうたうものである」
 ③よしや
 「たとえ」
 ④うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
 「落ちぶれて異国の土地で乞食になるとしても」
 ⑤帰るところにあるまじや
 「帰るところではないだろう」
 ⑥ひとり都のゆふぐれに
 「ひとり都のゆうぐれに」
 ⑦ふるさとおもひ涙ぐむ
 「ふるさとをおもって涙ぐむ」
 ⑧そのこころもて
 「そのこころをもって」
 ⑨遠きみやこにかへらばや
 「遠いみやこにかえろう」
 ⑩遠きみやこにかへらばや
 ┌─────────────────────────────────────┐
 │ ③表現の異化による読みの抵抗                                              │
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 作者がどういう意図によってそうしたのか、などということは計り知ることはできない。しかしそこには何らかの創作意図があったはずである。それを読み深めることが作品の深い理解につながると考える。この作品においては、「都」から「みやこ」へ、「思ふ」から「おもふ」へ、「帰る」から「かへ(る)」と、漢字からひらがなへの表現の異化が際立つ。作者が何の考えもなしに書き分けているとは考えにくい。そこでの差異について検討することは必ずこの詩を読み深めるのに役立つだろう。ここでは特に「都」と「みやこ」の比較に重点をおきたい。
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 │ ④解釈のゆれによる読みの抵抗                                              │
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 主要発問は「作者はこの詩をどこで詠んだか」である。この発問を通して、より深い解釈に近づけていきたい。ちなみに「作者」とは「室生犀星」のことではない。作品世界の中にいる架空の作者のことをさす。しかし生徒にそれを分からせることは困難であるので、今回はそれを同一に扱う。
 いわゆる「視点」を問う問題であるが、「視点」について混乱のないように次のように補足しておく。
 向山洋一の実践「春」の授業では飛んでいく「てふてふ」を話者がどこで見ているか、という視点を問うた。この場合の「視点」とは現実に「てふてふ」を見ている現場での視点の在りかを問うている。しかし、私の問いでは作者がこの詩を書いた時点での視点の在りかを問うている。すなわち「認識時間」の視点ではなく、「叙述時間」の視点である。そこが混乱すると、同一のものさしで検討できなくなってしまう。
 なぜ視点を問うのかと言えば、作品の中にそのどちらとも解釈できるゆれがふくまれているからである。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」「ひとり都のゆふぐれに/ ふるさとおもひ涙ぐむ」という表現から、作者は「都」で詠んだ、と考えることができる。また、「そのこころもて/ 遠きみやこにかへらばや/ 遠きみやこにかえらばや」という表現から、「ふるさと」で詠んだ、と考えることができる。この二案をAとBとして対立させれば、イメージされる作品世界をより明らかにすることが可能だと考えた。結果、それによって生徒一人ひとりの読みを深めることができる、というのが私の意図である。 

2、授業シナリオ

<1時間目>

01 今からプリントを配りますが、声を出してはいけません。

・読める生徒が大きな声で読んでしまうと、どこで読みにつまずくか、が不確かになってしまう。

02 鉛筆を持って黙読しなさい。読めない漢字やどう読んでいいかわからないところがあれば、線を引きなさい。(黒板に教材文を貼る)

・読みの抵抗の確認である。

03 どう読んでいいかわからないところがあると思うけれど、誰か読んでみる?

・読んでくれた生徒をおおいにほめる。

04 範読するね。どう読むか聞いていて。

・授業者の範読は大切にしたい。「こう読む」という到達点をしめすべきである。(教材文にルビをふる)

05 (黒板をさしながら)意味の分からない言葉がたくさんあるね。一行目から確認していこうか。

・意味の抵抗の確認。一つひとつ取り上げて、口語訳していく。(短冊を貼る)口語訳が済むまで読ませないのは、内容を理解させた上で読ませたいからである。 

06 じゃあ、一緒に読もう。

・韻文は読みの学習を抜いては考えられない。特に文語文のもつリズムは、まだ学習の経験の少ない一年生にも心地よい響きを感じさせるだろう。

07 読みも意味も大丈夫だね。それじゃあ、次のことだけ確認しておこうか。
    
 ・文章の種類、詩の種類について基礎的な知識の確認。

<2時間目>

01 難しい問題を出すよ。わかるかな。

・わざと挑戦的に言うことで、やる気を促す。

02 作者はこの詩をどこで詠んだのだと思う?A都かな、Bふるさとかな。AかBに○をつけて、その理由を書いてごらん。

・前述したように、作品の中にはABどちらとも解釈できるゆれがふくまれている。そのゆれによる対立を生徒達はどのように解決するだろうか。楽しみである。私なりの解釈を示す。

 ①ふるさとは遠きにありて思ふもの
 ②そして悲しくうたふもの
 ③よしや
 ④うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
 ⑤帰るところにあるまじや
 ⑥ひとり都のゆふぐれに
 ⑦ふるさとおもひ涙ぐむ
 ⑧そのこころもて
 ⑨遠きみやこにかへらばや
 ⑩遠きみやこにかへらばや

1,⑧行目、「そのこころ」の「その」は①から⑦までの内容をさしている。「そういう気持ちを持って」というのだから、⑥,⑦行目は、現実に今そこにいるという「現実認識」ではなく、「体験的心情」である。だから「ふるさと」にいる。

2,この詩の中で作者がもっとも言いたいことは何行目に書かれているか。もちろん⑨,⑩である。ここには反復法も使われて、作者の気持ちが強く表れている。「遠きみやこにかへらばや」と言っているのだから今は「みやこ」でないところにいる。ここを根拠にすれば「ふるさと」にいての出郷の詩だと考えられる。

3,しかし、問題となるのは⑥行目で漢字で書かれた「都」をなぜわざわざひらがなで書いてあるのか。そこから「みやこ」は「都」ではない土地、つまり作者にとっての「みやこ」である「ふるさと」をさすのではないかとも考えられる。とすれば作者は「都」にいての望郷の詩だともといえる。

4,だが、この説はやはり無理がある。この詩を起承転結に分けたとき、転にあたるだけのドラマ性をもっているのは⑧行目である。①から⑦を「望郷」と読むとき、ドラマティックに変化した⑧をはさんで⑨⑩を「出郷」と読むのが妥当だと考える。

03 では、「都」だと思う人?「ふるさと」だと思う人?

・対立の授業では二者択一がもっともやりやすい。この場合「どちらともいえる」、また「その他の解」という可能性もあるのだが、それはわざと選択肢からはずしてある。

04 「都」だという理由を言ってください。「ふるさと」だという理由を言ってください。

・理由はワークシートに書かせる。書かせた上で発言させる、というのが討論に全員を参加させるこつである。書いたものを読むことは発言力のない生徒にでもできる。

・「都」派は「①ふるさとは遠きにありて思ふもの、⑤帰るところにあるまじや、⑥ひとり都のゆふぐれに、⑦ふるさとおもひ涙ぐむ」を根拠とするだろう。

・「ふるさと」派は「⑨⑩遠きみやこにかへらばや」を根拠とするだろう。

05 今の意見を聞いて、自分の意見を変えた人がいるかもしれません。もう一度確認します。「都」だと思う人?「ふるさと」だと思う人?
   
・どれくらい説得力のある理由であったかがここでわかる。自分の意見が支持されるためにはだれからみてもそうだといえるような根拠のある理由がいるのである。

06 同じ意見を持つ人同士で集まって、相手を説得できるような反論を考えてみよう。

・自分一人で考えることが困難な生徒も、みんなで相談することで自分なりの意見を持つことができる。

07 「都」派の人は「ふるさと」派がどうしてまちがっているのか、反論してください。
「ふるさと」派の人は「都」派がどうしてまちがっているのか、反論してください。

・ここでていねいにそれぞれの意見の交通整理をすることが重要である。どのような意見がでてくるか、予想がつかない。予め書かせて確認すればよいのだが、授業のテンポを考えたとき、どうしても立ち止まりたくないケースである。

08 じゃあ、最後に聞こう。「都」だと思う人?「ふるさと」だと思う人?

・ここからが授業の山場である。生徒一人ひとりが自分の解をもっているのだから、授業が人ごとではなくなる。はたして先生はどのような解をだすのだろうという興味が深まる。

09 詩を勉強するときに全体をいくつに分けて考えたっけ?

・既に、詩の学習では全体を4分割にして考える、という授業をしている。ここでは「転」の働きが重要であるので、あえて取り上げる。

・生徒の意見はおそらく次のようになることが予想できる。

起・・・①から②
承・・・③から⑤
転・・・⑥と⑦
結・・・⑧から⑩

・私の考えは前述のように

起・・・①から⑤
承・・・⑥と⑦
転・・・⑧
結・・・⑨と⑩

・起の部分が長すぎてバランスが悪いのだが、転の持つドラマ性を無視できない。生徒から私と同じ意見が出れば、その二つを対立させられるが、もし、出ないときには「私はこう思う」という形で提案する。

10 ①から⑤の内容から作者はどこにいると考えられますか。

C:「ふるさとは遠きにありて思ふもの」から「都」。

11 では⑥⑦からは?

C:「ひとり都のゆふぐれに」から「都」。

12 ⑧の「その」はどこからどこまでの内容をさしますか?

C:①から⑦までをさす。

・必要ならば指示語「その」の働きについて指導する。

13 「その気持ちをもって」というのだから、①から⑦までは、実際に作者が「都」にいるのではなくて、作者の心の中にある気持ちだということになりますね。作者は「都」にいるのだと思っていたら、実は心の中の話だった、という意外な展開になった。それがこの⑧行目です。

・ここで、⑥⑦を根拠とする「都」説を否定する。

14 この詩の中で作者が最も強く言いたいことは何行目に書かれていますか。

・⑨⑩行目。反復法など、詩の技法の働きについても触れる。

15 「遠きみやこにかへらばや」というのだから、今いるのは? 

C:「ふるさと」。

16 「ふるさと」と考えるのがいいように思います。でも大切なのは作者がどこにいるかがわかることが授業の目的ではなくて、この詩から君たちがなにをうけとるか、ということです。

・結論を出すことは必要なことである。どちらでもよい、という言い方ではせっかくの討論の熱気がしぼんでしまう。

17 ところで、「みやこ」はひらがなで書かれています。「都」と漢字で書くのと「みやこ」とひらがなで書くのではなにが違うのでしょう。

・難解である。予想もつかないだろうが、例などを出しながら、次のように説明したい。

・漢字は「東京都」などに使われ、行政的で硬い感じがする。ここでは「都の、ある場所で」というような「具体的な場所をあらわしている」。ひらがなの「みやこ」は、柔らかい感じがする。心情的で感覚的な場所、「イメージとしてのみやこ」を意味する。

18 さて、では一番大切な質問にいきましょう。「都」にいるのと「ふるさと」にいるのでは、この詩の意味はどのように違ってくるでしょう。その違いをプリントに書いてみましょう。

 作者が「都」にいるのなら、この詩の意味は・・・
 作者が「ふるさと」にいるのなら、この詩の意味は・・・

・生徒が取り組みやすいように、書き始めの文を右のように与えておく。

・この詩を読解する上で最も大事なことは、作者がどこにいるかを分析することではなく、そのことを問うことによってこの詩の訴える意味を味わうところにある。時間をとってしっかり考えさせたい。どうしても書けない生徒には「友達と相談しておいで」とアドバイスしてやる。

19 (何人かに発表させた後)どちらの意味に取る方が、詩として深い味わいを感じます?どちらの意味に取る方が好きですか?手を挙げてください。

・以上のように今回は「対立・討論」という方法を使って文章の読みを深める授業の提案を行った。文学、それも「詩」での実践であるが、これはもちろん小説、さらには説明文の読みとりにおいても応用が可能である。
 成果として考えられるのは、活発な授業展開が予想され、積極的に授業に参加しようとする姿勢が生まれることである。また、思いつきや感覚的ではなく、常に文章表現に則った根拠をさがそうという科学的な読みの方法が身に付く。「話すこと・聞くこと」「読むこと」「書くこと」「言語事項」の4領域の力をトータルに伸ばすこともできる。
 課題としては、巧みな判断と瞬時の分析力が教師に求められるということである。それ以外にも気づかない問題点があるだろう。この授業を通して明らかになれば幸いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



┌──────────────────────────────────────┐
│「雨ニモマケズ」(宮沢賢治)授業シナリオ                                     │
└──────────────────────────────────────┘

・教材「雨ニモマケズ」について

 宮沢賢治のあまりにも有名な詩。昭和6年使用の手帳(「雨ニモマケズ手帳」と呼ばれている)51pから59pにわたって書かれたもので、11月3日の日付がある。賢治の死後に発見された。冒頭の1行が題名のように流布しているが「雨ニモマケズ」という題名が付いているわけではない。

1、シナリオ化にあたって考えたこと

 授業時数は1時間。授業計画は次の通りである。
・ワークシートを配布し、文語表現の読みと意味を丁寧に読み取る。
・話者が理想とした生き方を逆説的に読み深めることで、自らの生き方に思いを巡らせる。

教材文
┌──────────────────────────────────────┐
│ 雨ニモマケズ      宮沢賢治                                         │
│                                                                           │
│雨ニモ負ケズ                                                               │
│風ニモ負ケズ                                                               │
│雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ                                                   │
│丈夫ナカラダヲモチ                                                         │
│慾ハナク                                                                   │
│決シテ瞋ラズ                                                               │
│イツモシズカニワラッテヰル                                                 │
│一日ニ玄米四合ト                                                           │
│味噌ト少シノ野菜ヲタベ                                                     │
│アラユルコトヲ                                                             │
│ジブンヲカンジョウニ入レズニ                                               │
│ヨクミキキシワカリ                                                         │
│ソシテワスレズ                                                             │
│野原ノ松ノ林ノ蔭ノ                                                         │
│小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ                                                   │
│東ニ病気ノコドモアレバ                                                     │
│行ッテ看病シテヤリ                                                         │
│西ニツカレタ母アレバ                                                       │
│行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ                                                     │
│南ニ死ニサウナ人アレバ                                                     │
│行ッテコハガラナクテモイイトイヒ                                           │
│北ニケンクヮヤソショウガアレバ                                             │
│ツマラナイカラヤメロトイヒ                                                 │
│ヒデリノトキハナミダヲナガシ                                               │
│サムサノナツハオロオロアルキ                                               │
│ミンナニデクノボートヨバレ                                                 │
│ホメラレモセズ                                                             │
│クニモサレズサウイフモノニ                                                 │
│ワタシハ(            )                                       │
 
2、授業シナリオ

・ワークシートを配布する。教材文の拡大シートを黒板に貼る。共に最後の1行の後半「ワタシハ(ナリタイ)」が隠されてある。

01 「雨ニモマケズ」という詩を勉強します。この詩を読んだり聞いたりしたことのある人はいますか?

・テレビのCMで星野仙一氏が朗読している。よく知られている。

02 そうですね。星野さんがCMでやっていますからほとんどの人は耳にしたことがありますよね。

03 作者は宮沢賢治。聞いたことのある人はいますか?

・小学校で既習している作家だから、ほとんどの生徒が挙手。

04 たくさんの人が知っていますね。宮沢賢治のどんな作品を知っていますか?

・「やまなし」が最初にあがる。他に「注文の多い料理店」「よだかの星」「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「セロ弾きのゴーシュ」など。

05 そうですね、小学校で習った「やまなし」の作者です。「やまなし」は童話ですが、この作品はなんですか。

・「詩」であることを確認。

06 宮沢賢治は、童話作家であるとともに詩人でもありました。簡単な年譜で確認します。
 明治29年(1896)生 19才で盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)に入学 25才で花巻農学校教諭 農業指導者となる 35才の時に「雨ニモマケズ」を執筆 37才で死去

07 1人1行ずつ読んでもらいます。読めないところは助けます。
┌──────────────────────────────────────┐
│ 雨ニモ負ケズ                                                               │
│ 風ニモ負ケズ                                                               │
│ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ                                                   │
│ 丈夫ナカラダヲモチ                                                         │
└──────────────────────────────────────┘
08 どんな丈夫な体ですか。

・雨や風や寒さや暑さに負けない丈夫な体
┌──────────────────────────────────────┐
│ 慾ハナク                                                                   │
└──────────────────────────────────────┘
09 「慾」は「欲」と同じです。
┌──────────────────────────────────────┐
│  決シテ瞋ラズ                                                               │
└──────────────────────────────────────┘
10 「瞋ラズ」は「怒らず」という意味です。
┌──────────────────────────────────────┐
│  一日ニ玄米四合ト                                                           │
└──────────────────────────────────────┘
11 玄米というのは白米にする前のまだぬかのついた米のことです。
┌──────────────────────────────────────┐
│  味噌ト少シノ野菜ヲタベ                                                     │
└──────────────────────────────────────┘
12 食べるものはなんでしたか。自分たちの食事とどう違いますか?
┌──────────────────────────────────────┐
│  アラユルコトヲ                                                            │
│ ジブンヲカンジョウニ入レズニ                                              │
└──────────────────────────────────────┘
13 カンジョウとは、1,感情 2,勘定のどちらでしょうか?勘定に入れない、とは自分のことは考えないで、という意味です。
┌──────────────────────────────────────┐
│  野原ノ松ノ林ノ蔭ノ                                                         │
└──────────────────────────────────────┘
14 話者が住んでいるところがイメージできますね。
┌──────────────────────────────────────┐
│  小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ                                                   │
└──────────────────────────────────────┘
15 「萱ブキ」とは「萱」やススキなどの草を敷き詰めた屋根のことです。河原の屋根は瓦葺き、藁の屋根は藁葺き、3匹の子ぶたの長男の家は藁葺きでしたね。
┌──────────────────────────────────────┐
│  北ニケンクヮヤソショウガアレバ                                             │
└──────────────────────────────────────┘
16 「ソショウ」とは「訴訟」。つまり裁判所に訴えること。つまり争いごとのこと。
┌──────────────────────────────────────┐
│  ミンナニデクノボートヨバレ                                                 │
└──────────────────────────────────────┘
17 デクノボーとは「木偶の坊」と書きます。木偶とは木でできた人形のこと。坊とは「甘えん坊」とか「忘れん坊」のことで、~な人、ということ。つまり、木の人形のようにボーとしていて何もできない役立たずな人のことです。
┌──────────────────────────────────────┐
│  クニモサレズ                                                               │
└──────────────────────────────────────┘
18 「クニモサレズ」は苦にもされず。苦にする、とはあんなやついなければいいのに、と思われることで、苦にもされない、とはいてもいなくても同じ、ということ。
┌──────────────────────────────────────┐
│  ワタシハ(            )                                       │
└──────────────────────────────────────┘
19 ワタシハのあとにどんな言葉が入りますか?気になりますが、この問題は後のお楽しみ。まず、次の問いに答えて下さい。

①話者は誰ですか?
②ワタシの職業は何ですか?
③デクノボーと呼ぶのは誰ですか?
④ミンナはなぜデクノボーと呼ぶのですか?理由の当たる所に線を引きなさい。
⑤話者であるワタシは、こんなデクノボーと呼ばれるようなサウイフモノに(どうだ)というのでしょう。(  )に入る言葉を考えなさい。
⑥皆さんはどうですか。なりたい人は右手、なりたくない人は左手を挙げなさい。

・圧倒的に左手が多いだろう。そこで、

⑦デクノボーと呼ばれないためにはどうすればいいですか。

・「自分のことも考える」とか「ほめられるように頑張る」とか。

⑧この詩の中に書かれたあることと反対のことをすればデクノボーと呼ばれることはな
い。でも、もしそうしたら、こんなふうになる。                                  
│雨が降ったら働かず                                                        │
│風が吹いたら家にいて                                                       │
│雪が降ったらストーブで                                                    │
│夏の暑さはクーラーで                                                       │
│図体だけはでかくなり                                                      │
│何でもすぐに欲しがって                                                     │
│つまらぬことに腹を立て                                                    │
│テレビを観てはバカ笑い                                                     │
│腹がへったら冷蔵庫                                                        │
│肉に魚にケーキにジュース                                                   │
│どんなときでも自分だけは得をして                                          │
│勉強だけは大嫌い                                                           │
│そのくせ成績だけはこだわって                                              │
│駅から3分高級住宅街に                                                    │
│身の程知らずの家を建て                                                     │
│東に病気の子どもあれば                                                    │
│自分の子でなくてよかったと思い                                             │
│西に疲れた母あれば                                                        │
│見て見ぬふりをきめこんで                                                   │
│南に死にそうな人あれば                                                    │
│また香典代がかかると腹を立て                                               │
│北にけんかや訴訟があれば                                                  │
│もっとやれとはやしたて                                                     │
│日照りの時でも水を流しっぱなし                                            │
│寒さの夏は海に行けぬと文句を言って                                         │
│みんなによくできた人と呼ばれ                                              │
│いつもほめられちやほやされて                                               │
│そういう人に わたしも・・・                                               │
└──────────────────────────────────────┘
⑨そういう人に、わたしもなりたい、という人?

・ここで価値観の転換を起こす。話者の生き方を否定的に考えていた多くの生徒達は、ここではたと立ち止まる。そして話者の望む生き方の純粋性に打たれ、自らどう生きればいいのか、ということに(ほんの少し)思いを巡らせるのである。

⑩では、最後に気持ちを込めてもう一度音読しましょう。